祈りは、空間を越えて働く

 ハイこんにちわ(^w^)
 今日は、私の実際の体験から、「祈りは空間を越えて働く」というお話をしたいと思います。

 ではまずどんな経験をしたか?

 まあ、先日、実家に電話したときのお話。
 父が「俺、もうだいぶ足が悪くなってる。もうだめかも(T_T)」と電話口で言っていました。
 そして電話が終わった後、私は祈りました。
 どのように祈ったか?
「主イエスの御名によって命じる。
 父を縛る悪霊よ、立ち退け。
 主イエスの御名によって命令する。
 父の足のくるぶしよ、その機能を取り戻せ。
 同様にひざよ、その力を取り戻せ。
 腿のつがいよ、その力を取り戻せ。
 その腰よ、その機能を取り戻せ。
 脊柱よ、まっすぐになれ。
 脳よ、その命の息吹を吹き返せ。
 彼のすべての臓器よ、主イエスがお前たちを作られた。
 だから主イエスの御名によって命じる。
 そのすべての臓器よ、命の息吹を吹き返し、その機能を取り戻せ。
 主イエスよ、感謝します。
 あなたが、この祈りを聞いてくださった事を。感謝します。
 主イエスキリストの御名を通して祈ります。」

 このように祈りました。
 そして2・3日後。
 またも電話でのお話。
 父がリハビリに行ったそうで。
 その時に、理学療法士の先生に、こんな事を言われたとか。
「いやあ~~、すごいですねえ。
 体の柔軟さは40歳レベルです。
 筋力は、80代には思えません。」
 そして……。
 気を良くして。
 なおかつ元気になって。
 帰ってきたとか。
 もちろん、電話口の父も元気そうでした。

 私は父に、こんな事を電話で話しました。
「いやあ、実はひそかにあの後祈っていたんだけどね?
(とここでその祈りの言葉をそのまま語りだす)
 祈ったら、効いたでしょう?(^w^)」

 さすがの父も「ありがとな」と言ってました。

 さてさて。
 聖書にはこのような聖句があります。

 しかし主は言われた。「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら、この桑の木に、『根こそぎ海の中に植われ』と言えば、言いつけどおりになるのです。(ルカによる福音書 17章6節)

 ええっと。
 からしだねってどの程度の大きさか?
 こんな感じです。

からし種2016


 これ一粒の信仰があれば、そのとおりになる――聖書はそのように書いてます。

 またこのような言葉があります。

 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。
 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。
 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。(ヨハネによる福音書 14章12~14節)

「わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。」――そう書いてありますよね?


 ここで、躓いてしまった人がよく言いそうな言葉があります。
「私は信仰を捨てちゃったから……。」
 ハイ!!
 大丈夫です(^w^)
 聖書はこのように書いてます。


 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。(マタイによる福音書 28章20節)

 イエス様を一回受け入れたら、イエス様が離れてくれないんです!!!!
 また、それについては、聖書はこのように書いてます。

 すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。
 神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。
 それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。(エフェソ人への手紙 1章4~6節)


「世界の基の置かれる前から~~」とありますよね?
 救われたのは、運命であり、宿命です!!
 そしてそれは、「神のみむねのままに」とあるとおり、神の主権において、あなたが生まれるはるか昔より、選びに定められていたのです。


 というわけで。

 人は生きていると、銀行の預金残高、対人関係、持病、冷蔵庫の中身などなど、目の前のことに振り回されます(^^;;。
 でも父なる神は持っておられます。
 というより、この世のすべてを作られた御方が、持ってないはずがないでしょう?

 では神はケチなのでしょうか?
 聖書はこのように書いてます。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
 神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。
 彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。(ヨハネによる福音書 3章16~18節)」


「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。」――神は、気前が、良いんです(^w^)。
 だから主にある――「信仰を捨ててしまった」とか「クリスチャンから足洗った」とか「躓いちゃったorz」とか、そういう人も含めて――兄弟姉妹の皆さん。
 大胆に祈り求めましょう。
 すると、その祈りは空間を越えて、必ず働きますよ(^w^)。

 この記事を読んでくださった皆さんの上に、主の豊かな恵みと祝福と導きと守りがありますように(^w^)ノ。
スポンサーサイト

コメント

Secret

プロフィール

Mr.CAT

Author:Mr.CAT
 家で猫のようにのんびりするのが好き!!
よって、Mr.CAT。
 クリスチャンです。
 聖書に親しむことと、祈ることは忘れません。
 仕事は個人投資家。
 このブログはリンクフリーです。
 よろしく(^w^)。

2014.12.30 追記
 YOUTUBEにチャンネル持ってます。
 アドレスはこちら → https://www.youtube.com/user/vitanouva20021215
 ツイッターもやってます。
 → https://twitter.com/asuka19711107
 よろしければフォローお願いしますm(_ _)m。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QRコード