ローマカトリックが何やら戯言を言っているようですが

 はい、おはようございます(^w^)ノ
 FB経由でこんな話が入ってきました。 → 詳細
 ええっと
「我々は一様に約束しても守ることができない。特に酔っている時はなおさらだ。イエス御自身も、我々と同様であった。然るに、イエスが再臨するという約束はありえない。」――ローマカトリック
 ・・・・・・まあ意訳するとこんな感じでしょう。

 このことで、三つほど思ったことがあるので、書いていきたいと思います。

一つ目
 聖書にはどう書いてあるか?
「また、七つの鉢を持つ七人の御使いのひとりが来て、私に話して、こう言った。
『ここに来なさい。大水の上にすわっている大淫婦へのさばきを見せましょう。
 地の王たちは、この女と不品行を行ない、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。』
 それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。
 すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。
 その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。
 この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。
 その額には、意味の秘められた名が書かれていた。
 すなわち、「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン」という名であった。
 そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。
 私はこの女を見たとき、非常に驚いた。
 すると、御使いは私にこう言った。
「なぜ驚くのですか。
 私は、あなたに、この女の秘義と、この女を乗せた、七つの頭と十本の角とを持つ獣の秘義とを話してあげましょう。
 あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。
 しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。
 そして彼は、ついには滅びます。
 地上に住む者たちで、世の初めからいのちの書に名を書きしるされていない者は、その獣が、昔はいたが、今はおらず、やがて現われるのを見て驚きます。
 ここに知恵の心があります。
 七つの頭とは、この女がすわっている七つの山で、七人の王たちのことです。
 五人はすでに倒れたが、ひとりは今おり、ほかのひとりは、まだ来ていません。
 しかし彼が来れば、しばらくの間とどまるはずです。
 また、昔いたが今はいない獣について言えば、彼は八番目でもありますが、先の七人のうちのひとりです。
 そして彼はついには滅びます。
 あなたが見た十本の角は、十人の王たちで、彼らは、まだ国を受けてはいませんが、獣とともに、一時だけ王の権威を受けます。
 この者どもは心を一つにしており、自分たちの力と権威とをその獣に与えます。
 この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。
 なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。
 また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。」
 御使いはまた私に言った。
「あなたが見た水、すなわち淫婦がすわっている所は、もろもろの民族、群衆、国民、国語です。
 あなたが見た十本の角と、あの獣とは、その淫婦を憎み、彼女を荒廃させ、裸にし、その肉を食い、彼女を火で焼き尽くすようになります。
 それは、神が、みことばの成就するときまで、神のみこころを行なう思いを彼らの心に起こさせ、彼らが心を一つにして、その支配権を獣に与えるようにされたからです。
 あなたが見たあの女は、地上の王たちを支配する大きな都のことです。」
 ―――― 黙示録17章1~18節

「この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り」
 このような画像があります。

ひねりが無いですな

「あなたが見たあの女は、地上の王たちを支配する大きな都のことです。」
 言い換えると、それだけ権威がある都――わかりますよね?
 ええっと。
 イエスという御方は、神であり人であり男性であるという、きわめてユニークな存在です。
 そして神は、宇宙と天地万物、またあらゆる法則を創られた創造主でもあります。
 それを人間の知的枠組みの中に押し込んで発言する――冒涜も甚だしいです。

二つ目
 こういったことは、現代のプロテスタントでもあります。
 あんまりそういうことをやっているとっ!!
 そのうちとんでもない事が降りかかるんじゃあないかと。
 私的にはそんなことを思います。


三つ目。
「教皇がこう仰せられるから」――では、ご自分はどう思うのですか?
 確かに、
「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。
 したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。
 そむいた人は自分の身にさばきを招きます。
 支配者を恐ろしいと思うのは、良い行ないをするときではなく、悪を行なうときです。
 権威を恐れたくないと思うなら、善を行ないなさい。そうすれば、支配者からほめられます。
 それは、彼があなたに益を与えるための、神のしもべだからです。
 しかし、もしあなたが悪を行なうなら、恐れなければなりません。
 彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。
 彼は神のしもべであって、悪を行なう人には怒りをもって報います。
 ですから、ただ怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも、従うべきです。(ローマ13章1~5節)」

 そうかいてあります。
 しかしこのようにも書いてあります。
「あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、――その教えは真理であって偽りではありません――また、その油があなたがたに教えたとおりに、あなたがたはキリストのうちにとどまるのです。(ヨハネの手紙第一2:27)」
「また、最後の七つの災害の満ちているあの七つの鉢を持っていた七人の御使いのひとりが来た。彼は私に話して、こう言った。「ここに来なさい。私はあなたに、小羊の妻である花嫁を見せましょう。」(黙示録21:9)」

 確かに権威には従うべきでしょう。
 しかし、私たちクリスチャンは、イエス様と一対一の関係です。
 その中で、「イエス様、この一件はどうでしょう? 」と祈りを通して相談しましょう。
 そして、腑に落ちなければ、権威がどう言おうとも、テキトーに華麗にスルーしましょう。


 まあ朝からそんなことを思いました。
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2014.12.30 追記
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